カナダに縁のある家庭環境に生まれていながら、カナダ旅行のツアーに必ず入るカナディアンロッキーには長年行ったことがなかった。バンクーバーとトロントという両極端な西海岸と東海岸の都市との往復で何年もカナダを言い尽くしてきた私が、突然ロッキーに降り立ったのは父がなくなる半年前のことだった。
いつもならノーというはずの父がカナダ旅行を決意したのだ。父はそれまで母の故郷を見たことがなかった。その父の決意に敬意を評し、母の故郷を訪ねる旅にカナディアンロッキーが加わった。
そしてはじめて降り立ったロッキーで、今まで感じたことのない大きな感動を覚えた。それは父も母も同じだった。最後に父にすばらしい大自然を見せてあげられたことを心からよかったと思っている。
そのカナディアンロッキーで私は一目ぼれをした。真っ白い毛皮に身をつつんだヤギ、ロッキーマウンテンゴートだ。この動物が私を原田純夫さんへと導くことになる。
それからというもの、ロッキーを訪れるたびにマウンテンゴートをさがし、ポスター、ポストカード、ぬいぐるみと、ありとあらゆるゴートグッズを集めては、なかなか会えないゴートに思いをはせていた。
1998 年10月、当時放映されていたNHKの「生きもの地球紀行」という番組で、マウンテンゴートが取り上げられた。まさにゴートファンの決定版ともいえる映像の連続で、雪の断崖に住む彼らを追った撮影班の粉塵の努力に脱帽するあまりだった。ビデオを繰り返し見ていると、撮影協力で「原田純夫」という名に気づく。マウンテンゴートのことなら何でも知りたい。そう思った私はすぐさまNHKに問い合わせ、原田純夫さんがマウンテンゴートを撮影している写真家だと知った。
なんてすごい人なのでしょう。マウンテンゴートは天敵から身を守るために断崖に生息するから、なかなかその姿を生で拝むことができない動物だ。見ることができるとしたら、初夏の限られた期間にロッキーの何箇所かのビューポイントにチャンスがあるが、それも必ず会えると約束されているわけではない。しかもポスターやポストカードで見かけるふさふさの毛のマウンテンゴートを拝むためには、秋から真冬に雪山や断崖をのぼらなければならない。私はこの世でそんな人がいるとは思っていなかったので、とてもとても感動した。
それからというもの、原田純夫さんの写真が掲載されている本や雑誌を見つけては買い漁り、ナショナルジオグラフィック誌もバックオーダーし、著書も私の本棚に並んだ。
そんなある日、とうとう原田純夫さんがテレビに出演される日がきた。TBSの「情熱大陸」だ。この番組はがんばっている人たちを応援するとても心の熱い番組なので、ここで取り上げられることがとてもうれしかった。星野道夫さんが、アラスカで原田さんと会い、当時まだ子供だったお嬢さんを背負って撮影している姿に「マイドリーム」と言ったという話など、実に感動した。何度見ても、ゴートを見つけたときは本当にうれしいという原田さんの言葉に感慨を受けた。このビデオは宝物となった。
マウンテンゴートに魅せられて、何度もカナディアンロッキーに足を運び、国道近くに下りてくる初夏のゴートに会いにいった。初夏のゴートはあのトレードマークの白いふさふさの毛が抜け落ち、ボロボロでとても汚い。それでもゴートはゴート。7月下旬に行こうものなら、全部冬毛が抜け落ちたつるつるのゴート。それでもゴートはゴート。できることなら、あの白いフサフサの冬毛をたくわえたダイナミックなゴートに一目でいいから会ってみたい。
ふさふさの毛のゴートに会うなら、雪山奥深くに入り、断崖も上らなければならない。そんなことを、私ができるはずもない。だから写真で美しいゴートを見てためいきをつくのが関の山。でも本当は、そんな私の純粋な夢みたいなものを、やってのけている原田さんに、私も「マイドリーム」と言ってみたい。
いつもはゴートの事情にあわせてロッキーへ行く私が、一度は見てみたかった鮭の滝登りの時期にロッキーを訪れた。2003年8月中旬。日本でいうならお盆の真っ只中だ。ゴートは暑さが苦手なので、8月は山に帰ってしまうため、こちらは最初からあきらめていた。
ロッキーについて3日目、サケがあがってきていることを確認して、現地に赴いた。文字通りの「滝のぼり」が見られるリヤガード滝では、飛び上がるサケの姿が随所に見られ、がんばれ、がんばれと言いたくなる光景に触れた。続いて、サケの最終目的地スィフトクリークへ行った。力つきてよろよろとか弱く泳ぐサケは最後の力をふりしぼって産卵する。ここでも大自然の1ページを垣間見たような感動のシーンがあった。
スィフトクリークですれ違った三脚をもった東洋人に見覚えがあった。白人だらけの中では東洋人は逆に目をひくものだ。最初は「あれ?」と思う程度だが、「まさか」という思いが強くそのままにした。ちょっと後ろ髪をひかれながらも駐車場に戻った際に、現地の友人がアメリカのモンタナナンバーの車を見つけた。脳裏に穿孔が走ったと思った。
車を飛び出して、さきほどすれ違った東洋人をさがした。違っていたらそれでいい。
とにかく話しかけなければ・・・・
見つけた。
撮影の足場固めをしている真っ最中だ。
それでも私は躊躇せずに声をかけた。
「Are you Mr. HARADA?」
「Yes.」
やっぱり原田純夫さんだった。そのときの私の感動は言うまでもない。実際にお会いすることなど考えたこともなかった大ファンの原田さんに、この広大なカナディアンロッキーで出会ってしまった。
原田さんが、「よく自分がわかりましたね」と感心しておられたので、TBSの情熱大陸に出演された際のお顔を覚えていたのでと申し上げたら、メディアのチカラは恐ろしいと笑っていらした。
「私もマウンテンゴートが大好きで・・・・」
ご本人に伝えたかった言葉は言えたが、あまりに突然のことで準備もできていなかったことが、後になって悔しかった。星野道夫さんみたいに「マイドリーム」と言いたかった。
私が制作したカナディアンロッキーの旅行会社のHPで掲載中の動植物の名称についての不備を知らせる暖かいメールが原田さんから届いた。いずれも大自然と共存しておられる原田さんしかできない技であるといたく感動したものだ。それ以前に、原田さんからとうとうメールがきた。それが一番の感動だった。
折に触れたメール交換を通して、原田さんからご自身の公式サイト作成の依頼がきた。大ファンの私にとって、まさに夢のような話だった。
私がマウンテンゴートに惹かれたのは、原田純夫さんという動物写真家と出会うためだったと今さらながらにそう思った。
(2005.1 ANJULIE)